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2016-11-15 06:15
“実績作り”優先の南スーダン新任務
杉浦 正章
政治評論家
あえて火中の栗を拾うことになる。政府は11月15日の閣議で南スーダンに派遣する部隊への安保法制の適用を決める。駆けつけ警護である。運用基準は、何重にも「あれはしない。これもしない」と、まるで「何もしない」方針を打ち出している。しかし、先進7カ国(G7)が軍隊派遣をためらい、専門家の多くがジェノサイド(大量殺戮)が起きると予言する内乱状態の国で、戦後初の「戦死」 を覚悟の新任務付与であることは間違いない。筆者が大賛成した安保法制は、極東の危機なら、いくらでも適用すべきだが、地の果てで、泥にまみれて安保法制適用の既成事実を打ち立てるのは、実績作りが先行しているとしか思えない。一見、“普通の国”への変貌を目指しているかのようにも見えるが、普通の大国は“物見番”の類いしか出していない。これでは“普通の国” どころか“特殊な国”になってしまう。
13日のNHKの討論で防衛相・稲田朋美が発言した事実誤認というか、我田引水には驚いた。「今62か国が南スーダンの国作りに参加していて、一国たりとも撤収していない」 と発言したのだ。これはあたかも62か国すべてが軍隊を出しているかのような国民誤導発言だ。政府の作成した「派遣継続に関する基本的な考え方」 でも「国連 安保理常任理事国の米国、英国、ロシア、中国」を派遣国ととして高らかにうたっている。しかし、その実態は、米国が軍事要員3人、警察官9人、英国が軍事要員9人、カナダが軍事要員4人、専門要員4人、ロシアが軍事要員3人、警察官20人だ。いわゆるG7の中では、日本だけが数百人規模で軍事要員を出している。おおむね外貨稼ぎの発展途上国の軍隊だ。こういう世論誘導は政府の信頼にも関わる問題であり、政治が最も慎まなければならないことだ。しかし、世界でも最も知性に長けた国民世論は、こうした誘導に引っかからない。NHKの世論調査では、「賛成」が18%、「反対」が42%、読売の調査でも、駆けつけ警護などの新たな任務を「加えるべきだと思わない」が56.9%で、 「加えるべきだと思う」の27.0%の倍以上となった。国民の意識の根底には、何で自衛隊員(という国民の1人)が南スーダンくんだりで、少年兵に向かって弾を打ち、身の危険をさらさせなければならないのか、という疑問があるのだ。
政府は南スーダンの情勢について「副大統領は国外に逃亡しており、副大統領派は国に準ずる組織ではなく、大統領派との武力紛争は当面予想されない」との立場である。「紛争」となれば憲法9条の「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」にもろにぶつかるから、“紛争”であってはならないのである。首相・安倍晋三はあくまで「衝突」であるとしている。しかし、現地を見た専門家の反応は全く見解を異にする。現地調査を行った国連の事務総長特別顧問アダマ・ディエンは、11日、首都ジュバで記者会見し「対立は激化しており、民族紛争が起きかねない状況だ」と述べた。加えて、このままでは「政治的に始まった争いが変容し、全面的な民族紛争になる恐れがある。民族間の暴力行為が激しくなり、ジェノサイド(大量虐殺)となる危険がある」と警告した。さらに「7月に首都ジュバで起きた政府軍とマシャール前副大統領派の衝突以降、異なる部族間で極端な対立が生まれていることが確認できた」と指摘している。
一方スタッフを現地に派遣して調査した国際協力NGOセンター理事長谷山博史はNHKで、現地の事態は「紛争と認める」と述べるとともに、7月のジュバでの紛争については「鶏を殺すように子供を殺した。実際の死者は300人どころか1000人に上る」と指摘している。要するに、法的解釈は「紛争」ではないにしても、その実態は紛争である色彩が濃厚だ。少なくとも現状ではPKO派遣5原則がすれすれでセーフとなっても、すぐに抵触しかねない状況に発展しうるのが実情であろう。安倍は「戦死などというおどろおどろしい事態にない」としているが、「おどろおどろしい事態」はこれから始まりそうなのである。
実績作りを目指す政府も「政権直撃」を回避するため、必死になって自衛隊が「何もしない」方針を徹底しようとしているかに見える。まず活動範囲を首都ジュバとその周辺に限定する。武装集団が国連職員を襲った場合は、現地治安当局とPKOの他国歩兵部隊が対応する。他国の軍隊や軍人を救出する事態を想定しない。宿営地の共同防護は、自然的権利であるとして実施計画には盛り込まないが、自衛隊のリスクを軽減するので付与することを確認する。などなどであるが、邦人保護には当たるとしている。しかし邦人には避難命令が出ており、大使館職員などに限定されることになるだろう。安倍は渡るべき「危ない橋」に二重三重の“補強工事”をして、何が何でも実績作りに邁進する方針だ。こうして地の果て発の「政権揺さぶり材料」が、一つ増えることになる。あらぬ方向からタマが飛んでくる可能性があるのだ。
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