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2017-04-19 12:32
(連載1)北朝鮮はどこに向かうか:その「瀬戸際外交」
六辻 彰二
横浜市立大学講師
4月8日、米国政府は原子力空母カール・ビンソンを朝鮮半島近海へ派遣すると発表。その前日7日、米軍は突如シリアに59発の巡航ミサイルを撃ち込み、シリア軍の軍事施設を破壊していました。9日に出演したTV番組で、ティラーソン国務長官は「他国への脅威となるなら対抗措置をとる」と強調。「アサド政権が化学兵器を使用した」と断定する米国政府がシリアをいきなり攻撃したことは、核開発やミサイル実験を続ける北朝鮮への警告だったと示唆しました。その規範的な評価はさておき、一連の行動にはトランプ政権の特徴がいかんなく発揮されています。それは「何をするか分からない」と周囲に認識させ、敵対する者に譲歩を余儀なくさせる手法です。これは北朝鮮の十八番である「瀬戸際外交」と、構造的にはほぼ同じものといえます。
北朝鮮は、分不相応ともいえる核・ミサイルの開発を推し進め、しかもそれをわざわざ誇示してきました。周辺地域を頻繁に不安定化させることで、北朝鮮は各国から「何をするか分からない面倒な国」という認知を得てきたのですが、それは意図的なものといえます。通常の国であれば、そのような評価は全く名誉なことではありません。評判を一つの利益と考えるなら、北朝鮮はわざわざ自分の利益を損なってきたように映ります。ただし、何を「死活的な利益」と捉えるかはそれぞれで異なります。いまの北朝鮮政府にとって最大の利益は、体制の維持と、それを米国に認めさせることにあります(その意味では、「生存」という最低限の利益を重視しているともいえる)。その核・ミサイル開発は、多少なりとも有利に交渉を運ぶため、自分を大きくみせるためのもといえます。その際、重要なことは、ただ「持っているのをみせつけること」だけでなく、「実際に用いるのを躊躇しないという意思を相手に認識させること」です。これがなければ、「こけおどし」とみなされ、相手にとっての脅威にはなりません。つまり、北朝鮮は執拗なまでに核・ミサイル実験を繰り返すことで、「普通の国なら撃たないタイミングでも撃ちかねない国」と各国に思わせ、それによって相手の譲歩を引き出し、自分の最優先の利益(生存)を確保してきたといえます。「相手はまともでないのだから、自分が譲らなければ、正面衝突というお互いにとっての最大の損失に行き着く」と思わせ、相手に「自発的に」譲歩させることが、北朝鮮の常套手段である「瀬戸際外交」の本質といえるでしょう。確信犯的に非合理的な行動をとることで相手の合理的判断に働きかけて譲歩を迫る構造は、チキンゲームと呼ばれます。
ところが、シリアへのミサイル攻撃から朝鮮半島へのカール・ビンソンの展開に至る米軍の行動は、少なくともその構造だけを抽出すれば、北朝鮮のお株を奪うほどの瀬戸際外交といえます。まず、シリアへの攻撃は国連決議などを経たものでなく、シリア政府が「侵略」と呼ぶことも、ロシアやイランが「国際法違反」と指摘することも、その限りにおいては誤りでないでしょう。ここでのポイントは、そこまで露骨な違法行為を、米国があえて行ったことです。繰り返しになりますが、米国のシリア攻撃に法的根拠は乏しく、さらに米国にとってシリアの化学兵器が差し迫った脅威であるわけでもありません。つまり、米国は「普通の国なら撃たないタイミングで撃った」のです。米朝が正面から衝突すれば、北朝鮮は言うまでもありませんが、米国も、そしてその同盟国である日韓も、少なくとも無傷では済まないでしょう。さらに、中国やロシアも難しい選択を迫られます。つまり、米朝の正面衝突は、関係各国にとって、避けなければならない最悪の結末です。この混乱を避けるため、オバマ政権は「戦略的忍耐」とも呼ばれる選択を余儀なくされたといえます。しかし、今回のシリア攻撃で、トランプ政権は北朝鮮と攻守を入れ替えたことになります。今や「いざとなったら、脅しでなく、本当に撃たれる」と認識せざるを得ないのは、そして正面衝突という双方にとって最悪の事態を避けるために、「何をするか分からない相手」に譲歩を迫られているのは、北朝鮮なのです。
北朝鮮の場合もそうですが、「瀬戸際外交」は正面衝突の寸前まで突っ込み、ギリギリのところで相手がかわしてくれることを期待して、あえて理不尽な振る舞いをする戦術です。しかし、相手に「かわす」という選択をさせるためには、緊張を高める一方で、「ここでなら、賭けを降りても、最低限のこちらの利益は確保される」というポイントを相手にそれとなく提示することも必要になります。トランプ政権の場合、それは北朝鮮の「体制の維持」を認めることです。4月9日、ティラーソン国務長官は北朝鮮の「体制の転換(レジーム・チェンジ)」には関心がないと言明しました。それは言い換えると、「大量破壊兵器の開発を控えるなら、体制の存続を認めないわけではない」というメッセージを北朝鮮政府に送ったことになります。先述のように、北朝鮮政府にとっての「死活的な利益」とは、現在の体制の維持に他なりません。だとすると、トランプ政権による威嚇は、北朝鮮政府の首脳部に、「核・ミサイル開発を諦めれば、最優先事項である体制の維持は認められる」という選択の余地を示していることになります。一方、トランプ政権にとって重要なことは、北朝鮮が大量破壊兵器の開発をこれ以上進めて、米国にとっての脅威とならないことです。ティラーソン氏の発言は、米国にとっての「死活的な利益」が守られるなら、それ以外のことは大目に見る、というメッセージと読み取れるのです。(つづく)
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