新興勢力の中国と、世界を率いてきた米国の間で「覇権」を巡るせめぎ合いが「ツキジデスの罠」として論じられるようになったのは、このような国際情勢の大転換を背景にしている。この問題については過去に本欄でも紹介したが、2015年に論文を発表した米ハーバード大学のG.アリソン教授は、米中関係を展望した「DESTINED FOR WAR」(副題は「米中はツキジデスの罠を回避できるか」)で、米中は戦争には至らないものの、双方の戦略観の違いから協調的共存がいかに難しいかを論じている。米RAND研究所の軍事研究(2015年)によれば、台湾や南シナ海紛争を含め、15年以内にアジアでは米国がその優勢な最前線から後退して行くという。中国は2040年には経済規模が米国の3倍になる試算もある。1972年の訪中で米中国交の扉を開いたニクソン元米大統領は晩年、側近に「我々はフランケンシュタインを生みだしたかも」と漏らしたとの話が残っている。中国がここまでモンスター化するとは思わなかったのだ。
中国の対米観についてアリソン教授は、米国の西太平洋における立場は衰えており、中国の取る行動は米国の後退を早めるよう努力することであり、南シナ海ではそれが最もはっきり見えるのだという。キッシンジャー元米国務長官ら中国指導部と会談した有力者はそろって、中国側が米国の戦略を「中国封じ込め」と信じていることも紹介されている。米ソ冷戦下では核の「相互確証破壊(MAD)」の相互抑止の下で核戦争が起きなかったように、米中間でも核戦争はあり得ない。しかし、経済的な相互依存が深まる中、「米中は分離できないシャム双生児」(アリソン教授)になった以上、双方が妥協するしか道はないという結論になる。米外交誌「フォーリン・アフェアーズ」を発行する外交問題評議会のR.ハース会長も「A WORLD IN DISARRAY(仮訳・混乱の世界)」で現代の外交政策として「大国間の対立、紛争が国際システムの特長にならないよう協調する努力」を呼び掛けた。