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2017-09-23 00:04
(連載1)「北朝鮮との協議」を難しくする4つのポイント
六辻 彰二
横浜市立大学講師
9月15日、北朝鮮が再びミサイル発射に踏み切りました。水爆実験を受けて、11日に国連安保理で天然ガス禁輸などを含む制裁が決議されたことに反発してのものとみられ、そのわずか3日後の出来事でした。今回のミサイル発射に対して、16日には日米の要請で安保理の緊急会合が再び開催され、北朝鮮に対する「強い非難」が表明されました。しかし、11日以前の段階でトランプ政権は「原油の全面的な禁輸」を盛り込んだ制裁を提案していましたが、16日の会合では9月11日に採決された石炭・鉄鉱石などの輸出禁止や石油精製品の輸出上限の設定などの制裁の履行が求められた一方、新たな制裁決議は決議に盛り込まれませんでした。新規の制裁がなかったことには、北朝鮮に一定の理解を示してきた中ロへの配慮や、速やかな非難決議を優先させたという見方ができます。しかし、その一方で、新たな制裁決議が盛り込まれなかったことは、日米韓とりわけ米国にとって、結果的に「一息つく」余裕を生み、北朝鮮との協議に向かう可能性をもたらしたといえます。
これに関してまず確認すべきは、原油の全面禁輸は経済封鎖のなかで最も強いカードであるため、これで効果があがらなかった場合、米国による軍事行動もいよいよ視野に入ってくることです。しかし、核保有国同士の衝突となれば、米国も少なくとも無傷ではすみません。加えて、金正恩体制を崩壊させれば、核・ミサイルが闇市場を通じて拡散するリスクもあります。リビアでは、カダフィ体制の崩壊が中東・アフリカ一帯に武器を流出させ、IS台頭の一因となりました。北朝鮮の場合、核・ミサイルは各国との交渉を有利に運ぶための手段であり、「実際にそれを使用する」ことはほとんど想定できません。つまり、北朝鮮の場合、分かりにくい形ではあっても、「自分の利益を最大化すること」を目指す合理性があり、だからこそ北朝鮮は実際に米国に着弾させることはしないといえます。ところが、イスラーム過激派のようなテロリストの場合、そのような合理性を期待することはできません。核抑止とは、相手の損得勘定に働きかけて攻撃を思いとどまらせるものであり、自爆攻撃すら厭わないテロリストには全く無力です。その意味で、テロリストの手に渡る状況を考えれば、金正恩体制が核・ミサイルを握っている方が、確実性という意味では「まだまし」と思わざるを得ないのです。
したがって、軍事行動に踏み切るリスクを考えれば、米朝が水面下で行っているといわれる接触を公式の協議にもっていく必要があります。しかし、対立の解消において、「どのタイミングで協議を始めるか」はそのゴールにまで影響を及ぼすものです。つまり、どちらかが圧倒的に有利な状況下で協議を始めれば、その状況が結論に大きく反映されます。米朝がお互いに次々と強いカードを切っていく状況においては、双方ともに「自分が有利な状況にある」という心理的アリバイを抱く余裕すらありません。しかし、それは裏を返せば、それぞれが「自分の有利」を確信できる状況なら、米朝が交渉に向かうことが可能になります。その意味で、15日のミサイル発射と16日の国連安保理の新制裁ぬきの決議は、両者がそれぞれ「自分の有利」という心理的アリバイを確保でき、交渉に向かうことを可能にする状況を生んだといえます。「中ロの反対があったから新制裁は延期する」という大義のもと、16日の決議で原油禁輸などの新制裁が盛り込まれなかったことは、米国にとってむしろ幸いだったともいえます。それにより、実際には全面衝突に向けてのスピードを落とせただけでなく、「11日の(北朝鮮の輸出総額の9割を削減すると見込まれる)これまでにない制裁を着実に履行する」という大義があることで、「我々の側がいまだに優位にある」と思えるからです。これに対して、北朝鮮にとっても、16日の決議に新制裁が含まれなかったことは、単に「これ以上の制裁に直面しなくて済む」という以上の意味があったとみられます。15日に発射されたミサイルは射程が約3500キロメートルとみられ、これによって北朝鮮はグアムに到達できる力を示しながらも、実際には別方向に向かって撃ちました。つまり、北朝鮮も「グアムを攻撃できる」ことをみせながら、そうしないことで全面衝突のスピードを落としたといえます。そして、これに対して、国連安保理では、非難決議以上のものは出されませんでした。つまり、このタイミングは、米朝ともに「自分たちが優位にある」と心理的なアリバイを作れるものです。これは、米朝間の協議に向けた第一歩になり得るといえるでしょう。
しかし、緊張のエスカレートから抜け出すために米朝が協議に向かったとしても、そこには幾多の困難があります。第1に、最大の問題は、共通の利益を見出すことが難しいことです。国際政治においては、対立する者同士でも、利害関係が一致すれば交渉が行われることは珍しくありません。冷戦時代、1969年からの戦略兵器制限交渉(SALT)をはじめ、米ソはしばしば核兵器の軍縮・軍備管理を協議しました。この場合、「無制限に核軍拡を進めれば、緊張が高まるだけでなく、双方ともにコストが大きくなる」という共通認識のもと、核兵器の制限に共通の利益を見出せたことが、協議を可能にしました。しかし、北朝鮮の場合、「共通の利益」を見出すことはソ連との場合より難しいといえます。北朝鮮は体制の維持を最重要課題としていますが、むしろ最大の焦点は「北朝鮮の核・ミサイル保有を認めるか」にあるからです。ティラーソン国務長官をはじめ、米国政府は北朝鮮の体制については認める発言を繰り返しています。つまり、各国にとって最大の懸案は、北朝鮮の体制ではなく、その核・ミサイル開発にあります。そのため、北朝鮮が核・ミサイル開発を放棄すれば、海外からの援助・投資も再開され、国民の窮状も改善されるでしょう。国家・国民を優先させるなら、それが北朝鮮にとって合理的な判断といえます。しかし、北朝鮮では体制が国家・国民に優越します。国家の発展や国民の幸福を犠牲にしてでも体制の存続を図ってきた北朝鮮政府にとって、核・ミサイル開発はそれを米国に認めさせる手段でもあります。そのため、全面的な経済封鎖があったとしても、北朝鮮にとって核・ミサイル開発を放棄することは全く非合理的な選択といえるでしょう。つまり、北朝鮮を取り巻く問題の構造は、「北朝鮮の核武装を認めるか、認めないか」という二者択一であるため、当事者の間に「共通の利益」を見出すことは困難なのです。(つづく)
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