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2021-10-09 20:43
(連載2)姿を現し始めたバイデン・ドクトリン
笹島 雅彦
跡見学園女子大学教授
バイデン政権は、米国で伝統的な孤立主義に立ち戻るわけではないが、今後、中東における軍事介入にはより慎重姿勢を保つだろう。中東政策においては、米国の国益判断に基づく現実主義外交が復活し、日本や欧州連合(EU)など同盟諸国への石油・天然ガス供給の確保という経済的利益と、イランの核開発阻止以外、介入の動機を見いだし難いだろう。米国自身のエネルギー戦略にとっては、自国内でシェールガスが確保できるため、直接的な国益は薄い。
こうした中、ジェイク・サリバン国家安全保障担当大統領補佐官は9月下旬、サウジアラビア、エジプト、アラブ首長国連邦(UAE)を歴訪し、サウジ・イラン対立が背景にあるイエメン紛争などの和解促進を働き掛けた。米国の軍事的関与が弱まる中、「実務的で自制的なアプローチ」を実践する外交と言える。サウジなど中東諸国は米国の軍事支援を要望する一方、バイデン政権の不安定な外交に不信を募らせている。そこで、独自に地域経済関係の改善をテコに、カタール、トルコなどとの融和を進めているものだ。米国の出番は極めて限定的である。
日本としては今後、米国民に広がる厭戦気分が伝統的孤立主義に直結しないよう注意深く観察し、同盟諸国の死活的な国益が損なわれるケースでは米国を鼓舞し、米国の介入を後押しする必要がある。懸念材料は、中東諸国が安全保障上のパートナーとして米国に代わり、中国を選択しないかどうかである。
【対中政策3つの道具立て】
バイデン政権は、3月下旬の国家安全保障戦略(暫定版)の中で、中国を「大国間競争」に基づく「戦略的競争相手」と位置付けた。こと対中政策に関して、バイデン政権はトランプ前政権からの継続性のなかにある、とみられてきた。バイデン大統領は就任後初めての記者会見(3月26日)で、「民主主義対専制主義」の対立という世界観を示し、従来の「あいまい戦略」の範囲内に保ちながらも台湾重視の姿勢を鮮明にした。国防総省中国タスクフォース座長を務めるイーライ・ラトナー・インド太平洋担当国防次官補らが6月9日、「対中タスクフォース報告書」(機密扱い)をまとめ、ロイド・オースティン国防長官が同16日、省内向けに中国を第一の課題と位置づけ、省全体の努力を開始するよう指示した。
この時点では、具体的な対中戦略ビジョンは対外的にはっきりしていなかった。また、予算教書(2022会計年度)は6兆ドル規模(コロナ禍前の2019年度比35%増)というニューディール政策に匹敵する大規模財政出動を要請しておきながら、国防予算要求は7150億ドルとほぼ前年度並みに抑えられ、米中軍事バランスの回復に向けた軍事力増強の意思に疑問符が付けられた。軍事力の背景なしに、力の信奉者である中国相手にどのような「絶え間ない外交」を展開するつもりなのか。
そうした疑念の中、中国をにらんだバイデン政権の積極的な地域戦略の要素が浮かび上がってきた。それは次の3点に現れている。
第1に、オースティン国防長官が7月のシンガポール、ベトナム、フィリピン訪問の際、懸案だった米比地位協定について、ドゥテルテ比大統領による昨年2月の破棄通知を撤回させ、協定維持が決まった(7月30日)。
第2に、米英豪3か国の新たな安全保障の枠組み「AUKUS(オーカス)」の創設(9月15日公表)に伴い、豪州軍による原子力潜水艦の導入に米英が協力する。豪海軍は現在、旧式ディーゼルエンジンによるコリンズ級潜水艦6隻を保有しているが、公表ベースで少なくとも攻撃型原潜8隻の保有を目指す。一説には、今後20年間で12隻を導入する、という構想もあるようだ(9月16日付ワシントンポスト紙)。攻撃型原潜の導入によって、静粛性や潜航時間、航続距離が飛躍的に伸びる。米海軍のバージニア級攻撃型原潜(7800t)、英海軍のアスチュート級攻撃型原潜(7800t)の技術を参考にするとみられる。どちらも魚雷発射管だけでなく、トマホークミサイルを装備できる。
中国は昨春以来、豪州ワインの輸入規制を行うなど経済的相互依存関係の悪用によってモリソン豪首相への貿易上の圧迫を継続しているが、軍事的しっぺ返しを受ける格好になる。ただ、攻撃型原潜の保有はこれまで、核不拡散条約(NPT)上の核保有5か国とインドに限られてきただけに、2022年1月から始まるNPT再検討会議で話題になる可能性はある。また、3か国はサイバーセキュリティー、人工知能(AI)、量子コンピューターの分野で情報共有を図り、協力する。
第3に、日米豪印4か国の枠組み「Quad(クアッド)」の対面による首脳会談が9月24日、ワシントンで、初めて開かれた。今年3月に初のオンライン首脳会談を開いたが、今後、首脳会談と外相会談を定例化し、中国に対抗するための連携を強化する。インドはこれまで4か国による安全保障面での協力に難色を示してきたが、衛星データの共有など宇宙、サイバー技術、新型コロナウイルス、気候変動、インフラ開発などの面で連携に踏み込んだ。
日本から見ると、安倍政権以来、中国の海洋進出を念頭に、日米豪印の4か国協力を深める構想を推進してきただけに、クアッドは中国の覇権的行動に対抗する外交枠組みとして、重視してきた。特に日印のシーパワー協力に力点を置いてきた。中国による東シナ海・南シナ海への海洋進出に対抗していくうえで、最重要の多国間協力枠組みとしての位置づけだった。しかし、米側から見ると、オーカスは、ハードな軍事面の協力に力点を置いているのに対し、クアッドは中立姿勢に傾きがちなインドを引き込むために、経済・技術協力などソフト面の協力に力点を置く枠組みとして捉えているようだ。
いずれにせよ、米比地位協定維持、オーカス創設、クアッド定例化によって、バイデン政権は今後の対中戦略に取り組む道具立てを整えた、といえる。米国だけの軍事力だけでなく、同盟国、友好国との重層的な安全保障の協力枠組みを通して、中国に対抗していこうとするものだ。バイデン政権は早速、同24日、米司法省が中国通信機器大手「華為技術(ファーウェイ)」最高財務責任者(CFO)の孟晩舟被告との司法取引を成立させ、中国へ帰国させた。引き換えに中国で拘束されたカナダ人2人が本国へ帰還した。中国の人質外交について、カナダはその後も非難を強めている。この問題決着をきっかけに、米中対話が進むかどうかは予断を許さない。(つづく)
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