トランプは2016年の大統領選挙でヒラリー・クリントンを退けて、大統領に就任した。トランプは、米国のグローバル化の恩恵から取り残された非エリート層を支持基盤とし、政治思想的には旧保守主義である。「MAGA(Make America Great Again)」を唱え、米国の伝統的価値に訴える。一方ヒラリーは、米国の東部エスタブリッシュメントのエリート層あるいは社会保障を必要とする貧困層を支持基盤とし、政治思想的にはリベラル・デモクラシーの流れを汲む。米国の言論界、ハリウッド、企業のCEO、大学教授、IT、金融など、エリート層がリベラルになびく中で、トランプがヒラリーを退けて大統領に選ばれたのは、予想外の出来事であった。トランプは、「物言わぬ中間層」の支持を受けて大統領に選ばれたのである。「トランプの独特で型破りなスタイル」、「ツイッター投稿で直接自らの政策を発信するスタイル」、「歯に衣着せない物言いでメディアを煙にまく攻撃性」は人々の反感を買った。トランプは主流メディアから叩かれ、政治的競合である民主党から叩かれた。叩かれるだけでなく、「この規格外の男を政治の舞台から引きずり降ろさなければ、我々の秩序が壊される」と恐れられたのである。ジョージ W・ブッシュのグローバリストの秩序、バラク・オバマのリベラル・デモクラシーの秩序、これらの秩序の中で幅をきかす、官僚機構あるいはマスコミ達の居場所が脅かされるとトランプは恐れられたのである。オバマは、2008年~2016年の2期にわたって政権を担い、ダイバーシティや多文化主義を唱えてリベラル・デモクラシーを根付かせた。また、アイデンティティ・ポリティックスを実践して、「伝統的に白人優位のアメリカ」を変革した。オバマの民主党は、ヒラリー、バイデンに引き継がれ、オバマのレガシーをかけてトランプと闘っている。トランプは、2016年の大統領選挙で勝利するが、民主党はマスコミを味方につけて、トランプ降ろしを激化させた。ロシア疑惑、ウクライナ疑惑と嫌疑をかけて、トランプを弾劾裁判にまで追い詰めた。2020年の大統領選挙では、オバマ政権の副大統領であったバイデンが勝利した。バイデン政権はオバマ時代の高官を引き継ぎ、オバマの政策を復活させた。バイデン政権は、第3期のオバマ政権とも揶揄されている。トランプは、「ワシントンの沼地の水を抜く(drain the swamp)」といって、「ワシントンの沼地に生息する政界や官僚の大掃除をする」と既存の秩序と闘う姿勢を鮮明にした。トランプは、2021年1月6日、副大統領が選挙の最終集計を公認する日に、トランプは数万人の支持者を議会近くのエリプス広場に集めて「盗まれた選挙」を訴えて抗議するが、支持者の一部が暴徒となって議会を襲撃した。1月6日の議会襲撃事件である。議会襲撃事件の責任を問われ、トランプは弾劾訴追されるが弾劾裁判では無罪になった。しかし、司法省による事件の捜査は続き、トランプの2024年の大統領選挙に影を落としている。トランプは、大統領に在任中、ロシアゲート事件、ウクライナ疑惑、議会襲撃事件と嫌疑をかけられた。このうち2つの事件で弾劾裁判にかけられたが、いずれも、切り抜けている。米国の歴史で、2回も弾劾裁判に掛けられた大統領はいない。トランプにかけられた嫌疑は、細かいものから大きいものまで無数にあるが、先に紹介したロシアゲート事件、ウクライナ疑惑、議会襲撃事件の3つについて、どのような疑惑なのか、疑惑の解明はどのように進んでいるのか、について紹介する。
【州兵派遣の依頼】
事件当日のタイムラインは次のようである。11:00エリプス広場で“Save America Rally”開始。11:57 トランプ大統領は登壇して演説を開始。「国会議事堂まで歩いて行き抗議しよう」とトランプ支持者に呼びかけて、1:13にトランプは演説を終了する。この間、12:53ペンス副大統領は「自分には選挙結果を覆す意思はない」として、トランプからの圧力を拒否。13:00ペンスと上院議員は下院議場に向かい、集計結果を認定するための合同会議を始める。結局ペンスはバイデンの選挙勝利を認定する。12:49共和党全国委員会で爆発物らしき物を発見したとの報告があり、議事堂警察が対応、その後民主党全国委員会でもパイプ爆弾が発見される。一方、12:53国会議事堂の外に群衆が増え、警察との衝突が始まる。群衆はバリケードの第一列を突破し、バリケードの第二列に向かって階段を上り始め、警官が後退する中、議事堂に侵入する。12:57最初のグループが議事堂西側に集まり、警官らと衝突し始める。14:10頃、さらに数百人が議事堂の壁をよじ登り、バルコニーに雪崩れ込み始めた。13:49議事堂警察スティーブ・サンドが州兵派遣を要請14:13シークレットサービスがペンスとペロシを上院議場から護衛。15:19ペロシが州兵派遣を要請。17:20州兵が到着し始める。このタイムラインで、州兵の到着が遅かったことに関して、議事堂警察のサンドは州兵の派遣を要請してから州兵が到着するまで3時間以上経っていた。サンドはその前にも州兵派遣の要請を6回もおこなっていたが無視されたという。また、トランプも抗議活動が混乱することを警戒して、1月6日の数日前に州兵派遣を国防省に要請したというが、ペロシは要請を拒否したという。下院共和党は1月6日の安全保障上の決定についてペロシに書簡を出して、回答を求めたが無視されている。(House.Gov. : House Republicans demand Answers from Speaker Pelosi……)