フランスとの7年にわたる戦争で財政的に疲弊していたイギリス政府は、「印紙条例」などを導入して植民地から税収を得ようとした。1773年にイギリス東インド会社にアメリカでの茶の独占販売権を与えたことで、イギリスと植民地アメリカの対立は一気に高まった。ボストン湾に停泊中の東インド会社の船の積み荷の茶を海に投げ捨てたことをキッカケに、アメリカは独立に向けて動き始めた。今、アメリカで盛り上がっている増税に反対する「茶会運動」は、増税に反対したボストン茶会事件から名付けられたものである。最初に茶会という言葉を使ったのは2007年の共和党大統領予備選挙に立候補したロン・ポール上院議員である。同議員は“Tea Party 07. com”というウエブサイトを開設して、ボストン茶会事件232周年を祝う集会の開催を訴えた。