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2019-03-22 19:15
(連載2)第2回米朝首脳会談を振り返る
松川 るい
参議院議員(自由民主党)
もう一つ、元外務官僚として最初に「首脳会談決裂」というニュースを聞いて違和感を覚えたのは、これほど大きな立場のギャップがあることが事前にわかっていなかったはずはないのに、なぜこうも楽観的なムードで大した事前準備もなく首脳会談が行われることになったのだろうかということだった。事前準備を通じて首脳会談においてでも解消しきれないギャップがある場合は、成果が得られる可能性が低いのでそもそも首脳会談を開かない。または、それにも関わらずあえて首脳会談を開くのであれば(立場の隔たりが大きくとも突破口を求めて首脳会談を行うことはあり得る)、そもそも成果なしとなる覚悟で臨むものだ。たとえば、日ロの領土問題の交渉などは典型例だと思うが、山口会談は、安倍総理もプーチン大統領も具体的成果が得られる見込みが低いと認識しながら、それでもなお一歩でも前進させるために臨んだ。
しかし、今回の米朝首脳会談はそのような覚悟があったように見えない。少なくとも、北朝鮮側にはなかったと思う。1日目の両首脳の満面の笑み、北朝鮮にいたっては、大々的にベトナム訪問を報じ、1日目の米朝首脳会談もトップニュースで取り扱っていた。あのような国で、成果が得られない可能性があると認識している会議について、こんな宣伝はするはずがない。金正恩はあきらかに、何等かの成果を得て凱旋帰国する腹積もりだったのだ。大統領戦を控えるトランプ大統領とて、成果なしかもしれない首脳会談をするつもりはなかっただろうし、もしもそのリスクがあると思っていたら、あれほど能天気なツイートはしていなかったのではないだろうか。他方において、ポンペオ長官やキム・ヨンチョル氏が事前協議する中で、これほど大きな立場の違いがあるということについてわからなかったはずはないし、当然首脳に報告していたはずだ。おそらく相当難しい交渉になるので首脳会談は時期尚早ではないかぐらいのことは言っただろう。他方において、この大きなギャップはいくら協議を続けても事務方で埋められるものではなく、それができる可能性があるのは、首脳同士の直接協議以外にはないという判断もあったであろう。
これらを前提として推測すれば、両首脳とも自分の能力を若干過信したのではないか。トランプ大統領は、交渉の天才の自分なら金正恩を直接説得できると思い、金正恩委員長は、トランプ大統領は自分なら手の上で転がせると思ったのかもしれない。ただ、トランプ大統領はともかく金正恩委員長は割合冷静で慎重な判断をする人物のように思えるので、少し不思議な気もしている。前述したが、もしかしたら、事前協議においては、北朝鮮が米側姿勢を誤解するような柔軟性を見せていたのかもしれない。だとすると騙された気分なのは北朝鮮の方だろう。実は、最初にニュースを聞いた時には、こんなにギャップがあるなら首脳会談なんてするべきじゃない、事務方の準備が足りなさすぎると思ったのだが、改めて振り返ってみた今、少し考え方が変わった。残ったギャップは、事務方でいくら詰めても埋まらないレベルのものだった。国内でのそれぞれの立場が弱体化しないように期待値コントロールはもっとすべきだったと思うが、首脳レベルでしかできない交渉だったのも事実だろう。トランプ大統領の言うとり、何が妥協できて何が妥協できないか、お互いのことを理解できた、ということである。外交による解決を目指すなら、より綿密な事務方協議は不可欠だが、首脳会談は続ける必要がある。
なお、同時に行われた米議会におけるロシアゲート公聴会がトランプ大統領の交渉態度を安易な妥協ができない方向に影響した可能性はあるが、本質的なことではないと思う。いずれにせよ、重要な国際交渉に自国のリーダーが臨んでいるときに、後ろから弾を打つようなことをするのは国益を害する「反則行為」ではないか。「民主主義」の限界かもしれないが、残念なことだ。アメリカは北朝鮮を難しい場所に追い込んだ。北朝鮮のチェソンヒ氏が「金正恩委員長は米国と交渉する意欲をなくしたかもしれない」ということを述べていた。これは米国に対する牽制球であることは当然として、実際問題、事実上の核保有をあきらめておらず、また、今回の米朝首脳会談から手ぶらで帰ることになり、国内的に失敗のリスクをもう一度とることが極めて難しくなってしまった金正恩委員長からすれば、完全非核化を求める米国と交渉を続けることが金王朝継続に得策なのかどうか迷いが生じていることも事実だろう。北朝鮮は、現在、新たな状況を踏まえて戦略練り直しをしているところだろうが、この先のオプションは、(1)「米国『服従』型」で、今回の米朝首脳会談を踏まえ、カンソンを差し出す、または、「全核ミサイル施設」の申告をする。ただし、米国は信頼できないので、段階的かつ同時行動にする。これにより、制裁を段階的に解除させる。(2)「逃げ切り戦略」で、中国に頼って、制裁逃れができるようにした上、トランプ政権をやり過ごす。南北ファーストにおいて全くぶれのない韓国ムンジェイン政権からの支援も引き出す。所詮、トランプ大統領の任期は数年であるのに対し金正恩委員長はあと30年王様である。ただし、この場合、よりひどい状況(より強硬な大統領)が待っている恐れもある。
また、米中関係が冷戦状態となっている中、何とかして米国の圧力を逃れたい中国としては、北朝鮮の肩をもって米国を怒らせるつもりはないので、中国に過度な期待はできない。他方において、中国が引き続き北朝鮮の「後ろ盾」であり続けることには変わりない。(1)と(2)以外に様々バリエーションがありそうだが、(1)はとても難しいだろう。制裁解除なくして核施設廃棄はないし、核施設廃棄なくして制裁解除もない。軍事オプションが事実上なくなった今、制裁継続だけで核兵器の全面放棄させることは難しい。他方、北朝鮮の真意が明らかになった今、核兵器のほぼ全面的廃棄の覚悟を見せずして制裁の一部たりとも解除させることも難しくなった。2016年に比べれば緊張は緩和されたのだが、一周して元に戻った感がなくもない。日本にとっては安易な妥協がされなかったことは良かったとも思うが、一方で、現時点においては、北朝鮮の脅威は何ら減っていないわけで、このまま米朝協議が停滞したままでは困る。北朝鮮が元に戻って米朝プロセスそのものが破綻したわけではない。交渉戦略練りなおしの中で、日本の役割も出てくるかもしれない。それにつけても、日朝の間に首脳に直結した水面下でコミュニケーションができるパイプが必要である。(おわり)
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松川 るい 2019-03-21 19:51
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