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2021-11-30 12:56

(連載2)それでも「核の先制不使用」は追求されるべきである

桜井 宏之 軍事問題研究会代表
4.ペリー元米国防長官の「先制不使用」賛成論
 日本では、先制不使用の賛成論は道徳的・倫理的立場からの主張と理解されがちですが、軍事的合理性の立場からの賛成論も現に存在します。その筆頭と言っても良いのが、核戦争計画の立案に長年関わってきたペリー元米国防長官です。同氏の著書「核のボタン」(朝日新聞出版)から、先制不使用に賛成する理由の概略を以下箇条書きにて紹介します。
・ 限定的核戦争を主張する者達は、これまで2つの核保有国間で核の応酬がなかったので、事態の進展が分からないという事実を都合よく利用している(同書141頁)。
・ どんな出力であれ、いったん核兵器で攻撃を受けた国は激怒し、続いて全面攻撃が来ると考えて、持てる力の全てを使って対処しようとするであろう。敵が限定的な反撃しかしないだろうというのは、希望的観測であり、極めて危険である(142頁)。
・ 米国は世界で比類なき通常兵力を持っているので、非核攻撃(生物・化学兵器を含む)の脅威への抑止や対処に核兵器は不要である(144頁)。
・ 先制使用の選択肢維持により、いかなる利益より国家安全保障のコストがかかっている(145頁)。
・ 先制使用の選択肢を捨てれば、勘違いした大統領が一方的に核攻撃をしてしまうことが難しくなり、偶発的核戦争のリスクが減る(145~146頁)。
・ 理性的な大統領が核兵器を先制使用するシナリオはあり得ないので、米国が核の脅しをしても信用されない(274頁)。
 
5.おわりに
 前述したように核の先制使用のオプション(すなわち核の脅し)が、敵の侵攻を抑止しているのかは、証明できません。一般に、冷戦時代のNATOの核オプション(ワルシャワ条約機構軍の通常兵力による侵攻に戦術核で反撃)が、抑止が機能した例証として挙げられます。しかしこれが核抑止の成功だったのかは証明できないのです。西側が攻撃を受けなかったのは、NATOの核抑止のおかげではなく、同機構軍の中核であるソ連自身の軍事的弱さから来る自制だったとの指摘もあります(前掲「安全保障の国際政治学」179頁)。
 
 このような抑止機能の曖昧さの一方で、核兵器の破壊力は甚大です。トランプ政権が策定した2018年版NPRでは、ロシアの低出力核に対抗して米国も同様な核弾頭の導入を決定しました。この弾頭はW76-2といい、既に潜水艦発射弾道ミサイルに搭載されています。米国において低出力とは10キロトン未満を意味するそうです(CRS Report IF11143, A Low-Yield, Submarine-Launched Nuclear Warhead: Overview of the Expert Debate, March 21, 2019.)。仮に1キロトンの核兵器であってもその被害は壊滅的です。1キロトンの核兵器が地表で爆発した場合、まず、1.1㎞までは初期放射線により100%死亡、次に1.1~1.2㎞では5%が初期放射線で死亡し、残りは急性放射線症を負うそうです(「核兵器攻撃被害想定専門部会報告書」(2007年11月9日 広島市国民保護協議会核兵器攻撃被害想定専門部会)111頁)。なおこの想定においては、核爆発に伴う爆風と熱線による被害は含まれていません。
 
 このような破壊力を持つ核兵器を限定的に使用し、核戦争を管理できると考えるのは人間の傲りではないかと筆者は感じざるを得ません。今一度、福島第一原発事故で日本中が右往左往した過去を思い起こすべきでしょう。限定核戦争であっても、被害はこの時のレベルを遙かに超えるのです。先制不使用は理想論ではなく、現実の政策として追求されるべきです。(おわり)
 
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