ホーム
新規
投稿
検索
検索
お問合わせ
2024-12-31 21:55
(連載1)ハリス候補の落選と国民統合へのリーダーシップ
河村 洋
外交評論家
先の大統領選挙におけるドナルド・トランプ氏の当選は、アメリカの右翼有権者による国際公民、特に同盟国の国民に対する平手打ちだった。多くの専門家や評論家が、選挙直後にカマラ・ハリス氏が落選した原因について思考を巡らせた。ここでは選挙の精緻な分析や目先のテクニックについてではなく、国民統合のための指導者のあるべき姿について語りたいと思う。それはハリス氏が国家安全保障や経済など国家の中核課題となる問題についてはオーソドックスな政策の候補者と見做されていたにもかかわらず、特定の有権者からの近視眼的な票獲得のためにDEI(多様性、公平性、包摂性)問題について語ることに多大な労力を費やした。実際のところ、ハリス氏はそれらの分野で主流派の政策専門家達の支持を得た。全米安全保障リーダー協会は国際安全保障でのアメリカの関与を維持するとともに、国内政治での反対勢力に対するトランプ氏の武力行使を阻止するために、元将軍や提督253人を含む1,049人の署名を掲げてハリス氏支持の公開書簡を掲示した。またコロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ教授が、関税引き上げなどインフレを悪化させかねないトランプ氏の経済政策を阻止するために掲示したハリス氏支持の公開書簡に、存命のノーベル賞経済学者の大多数が署名した。
もちろんアメリカの有権者の間で反主知主義が高まっていることに鑑みれば、権威ある専門家からの支持は当選の保証になるわけではない。しかしそのような知的正当性によって、ハリス氏には国民統合の候補者としてアジェンダを設定するための強い道徳的優位性が付与され、DEIを好んでとり上げたがる有権者に迎合して安易な票を集めるに走らずとも良かったかも知れない。また、知的正当性は、誤った情報にとらわれた労働者階級を目覚めさせ、アメリカ経済は悪くないという事実を知らせるのに役立ったかもしれない。バーニー・サンダース上院議員は、民主党は労働者階級の党に戻るべきだと主張した。サンダース議員の考えは、ハリス陣営がトランプ氏のプロパガンダで完全に洗脳された労働者にアメリカ経済の事実を伝えていれば実現しただろう。実際に共和党を離脱した『アトランティック』誌のトム・ニコルズ氏は、バイデン政権は失業率とインフレ率を低く抑えたと述べている。親トランプの『ウォールストリート・ジャーナル』紙でさえ、アメリカ経済が力強く成長していることを認めている。ノーベル賞経済学者からの支持も、DEIの観点から有用であった。今年の受賞者3人の内の署名者2人は二重国籍のアメリカ人である。共にMITのサイモン・ジョンソン教授はイギリス国籍、ダロン・アセモグル教授はトルコ国籍も持っている。アセモグル氏はトルコでも少数派で、イスラム教国の中にあってキリスト教文明の民族となるアルメニア系出身である。そうした経済とDEI問題での事実に加え、シカゴ大学のジェームズ・ロビンソン教授を含む3人の受賞者は統治と経済発展に関する研究で受賞したので、ロシアさながらの寡頭政治が第1期政権の外交顧問だったフィオナ・ヒル氏から激しく批判されているトランプ氏にはそうした研究成果がじっくり効いてくることもあり得た。
ハリス氏がトランプ氏のような「パンとサーカス」の選挙運動を展開した理由の一つには、アメリカの選挙産業が発達し過ぎていることが挙げられる。他には、これほど詳細な選挙分析が、多数の世論調査会社によって毎日メディアに提供される国はない。一方で、それはアメリカの民主主義の発展に寄与してきた。しかし他方で候補者は顧客を満足させるために市場調査分析に従うセールスマンのように、選挙専門家の近視眼的な戦術的アドバイスに従うようになる。このような消極的な態度は、必ずしも国家の指導者に相応しくない。指導者は、特定の不満を抱えた人々のグループに迎合せず、国民に国家に何が必要かを伝え、解決の方向性を示さなければならない。候補者は選挙参謀の言うことに耳を傾けなければならないが、彼らの助言に盲目的に従ってはならない。本欄昨年7月20日の拙稿で、京大出なのに無学な田舎者のように振舞う票の亡者について言及した。彼に見られるように選挙のプロは視野が狭い見方に陥るが、候補者は俯瞰的な視点から国家の問題を解決するためのアジェンダを設定しなければならない。
アメリカ経済の現状に関する世間の誤解を払拭しようとするかのように、ジョー・バイデン大統領は12月10日にブルッキングス研究所で自身の成果を語り、翌日にはソーシャルメディアでその要点を述べた。民主党は選挙運動期間にこうした国政の重要課題での実績をアピールすべきだった。まさにトランプ氏の当選阻止には遅きに失した。考えてみればハリス氏は狂気の右翼トランプ氏とは対照的に、まともな中道派として立候補したはずである。しかし選挙戦が進むにつれてハリス氏は近視眼的な得票のためにウォーク左翼の有権者に訴えかけたので、ただのDEIオタクとレッテルを貼られた。つまりハリス候補は「左のトランプ」になり、国民統合の指導者としての資質を全く示せなかったのだ。ブルッキングス研究所でのバイデン氏の任期総括演説は、トランプ氏が2期目の初めを好調な経済で引き継ぐことを改めて思い起こさせるものだった。バイデン氏は1月の退任を控えているためか今後のことについては触れず、自身の経済政策と結果について語っただけだった。それでも、彼が国民に示した経済の全体像は国民に事実を認識させるうえで意味があった。(つづく)
<
1
2
>
>>>この投稿にコメントする
修正する
投稿履歴
(連載1)ハリス候補の落選と国民統合へのリーダーシップ
河村 洋 2024-12-31 21:55
(連載2)ハリス候補の落選と国民統合へのリーダーシップ
河村 洋 2025-01-01 11:21
一覧へ戻る
総論稿数:5563本
公益財団法人
日本国際フォーラム