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2025-04-08 15:11
(連載2)トランプ関税で読み直すマルクス主義経済学
篠田 英朗
東京外国語大学大学院教授
南北戦争後の「再建」期から連続して政権を担当した共和党政権は、北部州の利益を代弁する立場を基本にした党だった。そこで飛躍的な発展を遂げたアメリカ国内の製造業をさらに発展させ、しかも帝国主義的な領土拡張まで果たそうとしたのが、マッキンレーに代表される19世紀末の共和党の有力者の立場だった。ただし実際には、当時のアメリカは保護主義をとるには成長し過ぎていた。繁栄の陰で、貧富の格差は甚大になっていた。欧州から世界に広がり始めていた社会主義の波は、20世紀になる頃には、アメリカにも到着し始めていた。その世相をとらえて、合衆国憲法修正16条が1912年に制定され、それを受けてアメリカに所得税が導入されるようになったのはようやく1913年である。それまでは主に関税が、連邦政府の活動を支える仕組みであった。
共和党系候補者が分裂した1912年大統領選挙で当選したウッドロー・ウィルソンは、南北戦争以降ようやく二人目の民主党大統領で、南部出身者としては南北戦争後初めてであった。所得税導入は、ウィルソン政権の時代だが、第一次世界大戦に参戦し、国際連盟設立をはじめとする国際秩序を刷新する案を数多く提唱した大統領としても知られる。この時に、20世紀のアメリカが作られ始めた。もっとも国際連盟加入を拒絶した共和党主導の議会は、伝統的なモンロー・ドクトリンへの回帰を目指していた。ウィルソン以降、人の共和党大統領が続いた。アメリカの外交政策は変化しないかのようにも見えた。しかし世界恐慌が勃発し、フランクリン・D・ローズベルトが大統領に就任してから、民主党優位の時代が到来するようになる。ローズベルトの副大統領から昇格して大統領になったハリー・トルーマンは、アメリカの外交政策を大幅に刷新した。NATO創設などの安全保障面での外交実績が有名だが、GATT創設を通じた国際的な自由貿易体制の樹立にも尽力したのがトルーマン大統領であった。それ以降、共和党大統領が生まれても、自由貿易体制の維持を尊重して、低率関税を維持するのが、アメリカの外交政策の基本となった。
しかし、このアメリカの政策は、冷戦勃発の事情と切り離しては理解できないだろう。自由主義陣営が、護送船団方式で、共産主義陣営に勝ち切ることが必要だった。その観点から、自由主義諸国の間で、低率関税を前提にした自由貿易を維持して経済成長を図るのは、冷戦を勝ち抜きたい気持ちでは一番強かったアメリカにとっても、合理的な政策だった。しかし冷戦が終わって、しばらくして、いつのまにか共産党がまだ政権を維持している中国が、自由貿易体制を逆手にとってアメリカを上回るGDP(PPP)を持つようになり、巨額の貿易赤字をアメリカに与えるようになった。何かおかしいのではないか?とそろそろアメリカ人が疑問を感じるようになったとしても、それは著しくは不思議なことではないかもしれない。疑問を感じた「保守主義」のアメリカ人が、「モンロー・ドクトリン」あるいは「アメリカン・システム」の政治・経済政策への回帰を考えるようになったとしても、それも必ずしも驚くべき程には不思議なことではないかもしれない。もっともそれは18世紀末のハミルトンへの回帰というよりは、19世紀末のマッキンレーへの回帰を目指すものであるかもしれない。前者は、製造業復活のアジェンダである。後者は帝国主義のアジェンダである。
日本でも、マルクス主義経済学が隆盛だった時代には、アメリカの関税政策を、現在とは異なる視点で捉える者もいた。すでに欧州諸国に匹敵凌駕する経済力を持つに至った19世紀末以降もなおも高率関税をとりながら、しかし同時に互恵主義政策も取ろうとしたアメリカの姿勢を、帝国主義的政策の特徴だと考える経済学者もいた。「アメリカ合衆国にとってはもはや経済的意義を直接にはもたなくなった関税を武器として相手国に関税軽減を要求し、アメリカ合衆国の輸出を伸ばす。ここでは、関税はかつての育成関税ではなく、またたんなるカルテル形成促進関税でもなく、まさに独占組織体としての独占関税の役割をはたすものであったといってよかろう。」(中西直行「アメリカの保護関税」武田・遠藤・大内[編]『資本論と帝国主義論:鈴木鴻一郎教授還暦記念』[下][東京大学出版会、1971年]、262頁。)トランプ関税の導入に対して、欧州・カナダと、ライバル中国は、報復関税の導入で対応しようとしている。新古典派の経済学の教科書通りの対応である。しかし経済力でアメリカに対抗しようとする意気込みのない諸国は、そのようなことはしない。アジアやアフリカの国々からは、報復はしないことを宣言したり、相互ゼロ関税を目指す交渉が提案されたりしている。帝国主義的政策の成果である。ロシアの思想家アレクサンドル・ドゥーギン氏は、次のように述べたという。「トランプは関税導入でグローバリゼーションに終止符を打つ。これから世界で重商主義が優勢となる。地球規模の分断だ。グローバリスト独裁から世界を救うもう一つのステップだ。」これが良いことなのか、悪いことなのかは、立ち位置によって、大きく評価が変わる。だが、明日にでも、あるいは中間選挙さえ行われれば、世界は2025年以前に戻る、ということまでは、少なくとも自信を持ってまでは、言えないように見える。(おわり)
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篠田 英朗 2025-04-07 14:58
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篠田 英朗 2025-04-08 15:11
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