トランプ大統領は、関税政策について、19世紀末の大統領マッキンリーへの憧憬を繰り返し表明している。大統領就任前の下院議員時代に、それまで平均20%以上が当然だったアメリカの歴史の中でも際立って高い関税率である平均50%となる関税政策を取り入れた「マッキンリー関税法」で有名な人物だ。経済学的な発想では、130年前に大統領になった人物の政策に憧れる、というのは、ありえないことだろう。確かに当時の世界経済・アメリカ経済は、現在のそれらと比して、あまりに異なっている。いずれにせよすでに過去の古い経済理論は、劣っていたことが証明された経済理論のはずである。だがトランプ大統領の頭の中では、経済学者にとっては起こってはいけないことが、起こりえてしまう。そのトランプ大統領がアメリカの大統領である。そして「MAGA: Make America Great Again」で語られている発想の基盤になっている「以前にアメリカが偉大だった時」は、19世紀であることが確かになってきている。私はこの観点から、何度かトランプ大統領と19世紀の「モンロー・ドクトリン」を結び付けて論じることを行ってきている。高率関税も無関係ではない。あえて言えばそれは、「モンロー・ドクトリン」の時代のアメリカが採用していた「アメリカン・システム」と呼ばれた経済政策体系の柱だった。
「アメリカン・システム」と呼ばれた経済システムは、高率の関税でイギリスの工業製品などがアメリカの市場に入ってくるのを防ぎつつ、税制や補助金を通じた政府の介入的政策で、国内製造業を育成しようとする政策体系のことである。これは初代財務長官アレクサンダー・ハミルトンが議会提出報告書『製造業に関する報告書』で謳いあげた政策体系そのものであった。アメリカは、保護主義の政策を、米英戦争後のイギリスの工業製品の流入をめぐる対応策の検討などをへながら、度重なる関税論争として、意識的に行い続けていたのである。1824年H・クレイは「『純アメリカ的政策』の採用」と呼ばれる有名な議会演説を行い、国内市場中心の政策を提唱して高率関税の必要性を主張した。1828年にD・レイモンドが「The American System」という匿名論文を書いている。「アメリカの保護主義運動の高揚期」であった1820年代に活躍した「アメリカ体制の最も熱烈な唱道者」の一人とされるH・C・ケアリーは、自らを「ハミルトン経済学派」と呼んでいた。(宮野啓二『アメリカ国民経済の成立』[お茶の水書房、1971年]49、163頁。)