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2025-08-16 16:29

(連載2)現代日本は「戦時中」である

宇田川 敬介 作家・ジャーナリスト
 経済面でも、日本は経済安全保障法を施行し、技術流出やサプライチェーンの防衛に力を入れています。これは、経済が戦略的資源と化し、国家間の競争が「経済戦争」として展開されている証左です。加えて、官公庁や企業へのサイバー攻撃が頻発しており、防衛省も対策を強化しています。これらは、目に見えない戦場での戦闘行為であり、国家の機能そのものが標的となっています。Cybereason Japanのレポートによれば、2025年には国家間の利害衝突を深刻化させる非軍事的手段――経済制裁、輸出規制、サプライチェーン切り崩し――が明確に「戦争」の様相を帯びていると分析されています。
 
 具体的には、中国政府がレアアースや半導体製造装置の輸出手続きを厳格化し、日本企業は製造ラインの稼働遅延やコスト高騰という深刻なダメージを受けています。これに対応して日本政府は、米国・台湾との経済安全保障連携を急速に強化せざるを得ない状況です。帝国データバンクの調査では、2025年時点で国内企業の32.0%が何らかのサイバー攻撃を経験しており、とりわけ中小企業への攻撃増加が目立っています。損保ジャパンは2025年4月、不正アクセスにより最大1,740万件の顧客情報が漏洩した可能性を金融庁に報告。顧客信頼の毀損はもとより、保険業界全体に甚大な影響を与えました。
 
 近鉄エクスプレスではランサムウェア攻撃により全国の物流システムが停止し、日本航空をはじめとするサプライチェーン全体が麻痺。物的損失のみならず、国内外の貨物輸送網に取り返しのつかない打撃を受けました。東海大学では7キャンパスと附属病院を結ぶネットワークが遮断され、教育・医療機能が一時停止。国内の社会インフラを標的にした攻撃は、もはや戦時中のインフラ爆撃に匹敵する破壊力を伴っています。経済戦争とサイバー戦争は、認知戦・情報戦と連動しながら日本の国家基盤を持続的に侵食しています。武器弾薬による破壊以上に、経済活動の停滞や社会秩序の崩壊をもたらすこれらの攻撃は、まさに「戦争状態」と呼ぶべき現実です。日本は既に非軍事的戦場の最前線に立たされていると言えるでしょう。
 
 世界的には、冷戦終結以降「戦争の不在(ネガティブ・ピース)」から「積極的な平和(ポジティブ・ピース)」へと平和概念が大きく転換しています。ノルウェーの平和学者ヨハン・ガルトンは、対立の「相違」「矛盾」「両極化」「暴力」「戦争」「停戦」「合意」「正常化」「和解」という九段階モデルを提示し、単なる武力衝突の停止を超えた社会構造や心的態度の変革が平和構築には不可欠だと論じました。こうした「平和=暴力の消滅ではなく、持続的な社会的調整と人間安全保障を重視する」動きは、国連の人間安全保障アプローチや紛争後の復興・和解プロセス、気候変動による紛争予防など政策面にも波及しつつあります。日本では、2012年刊行の日本平和学会『平和研究』第39号が「平和を再定義する」をテーマに掲げ、平和とは誰にとって、どのような状態であるのかを根本から問い直す機運を生み出しました。また政策研究や大学研究では、「平和の概念再考:平和学における和解の位置付け」と題した論考が示すように、和解(Reconciliation)を平和の核心に据え、人道支援や市民社会の参与を通じた“重層的・多元的な平和”を構築すべきだとする見解が強調されています。こうして日本でも、平和は単なる武力衝突の停止ではなく、市民の安全保障や生活の質、社会的正義を包含する広義の概念として再解釈されています。
 
 日本は物理的な戦闘こそ経験していないものの、領土・領空・情報・経済・認知といった複数の領域で、すでに戦争的状況に置かれていると見ることができます。つまり、「戦争は始まっていない」のではなく、「すでに始まっている」のです。この認識は、戦争を単なる爆弾や銃弾の応酬ではなく、国家の存立を脅かす持続的な圧力として捉える現代的な視座を提供しています。(おわり)
 
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