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2025-08-19 11:17

(連載1)先の参議院選挙と日本の国際主義

河村 洋 外交評論家
 去る7月20日の参議院選挙は、まるで低俗リアリティーショーのような結果となった。右翼ポピュリストの参政党が大躍進を遂げたが、彼らもアメリカのトランプ政権をはじめとする欧米の極右と同様に「中心の薄弱なイデオロギー」に基づいて排外主義を叫び、自分達への反対勢力に対するヘイト感情を煽り立てている。このような過激派に国家を乗っ取られないためにも、私としては超党派での国際主義者の連帯を訴えたい。普段からの拙稿の内容の通り、私は永田町ウォッチャーではない。日本の内政については全くの門外漢である。よって本稿では先の選挙の分析を行なうこともなく、今後の政局について語ることもない。そして石破茂首相の留任についての是非も問わない。ここでは日本の国際主義とはどうあるべきか?それをどのように内政と外交に反映させるべきか?そして排外主義とヘイトのポピュリズムに、どのように対抗してゆくべきかを模索したい。参議院選挙直後の現時点では、永田町は党利党略にまみれた「コップの中の嵐」の状態にある。しかし今や世界秩序の破壊者となった右翼ポピュリズムを黙って見過ごすわけにはゆかない。先の選挙では参政党の躍進が注目されているが、他にも保守党、日本誠心会、NHK党など右翼ナショナリスト政党が、雨後の筍のように数多く出現した。
 
 日本の繁栄と安定には、対外的にも対内的にも自由で開かれた社会が必要である。そうした社会がもららす、人、物、資本の自由な移動が国民生活を質量とも豊かにしてきた。また日本の内政も外交も、戦後のリベラル世界秩序からの恩恵を多大に受けてきた。そもそもアレクサンダー大王のペルシア帝国征服によるヘレニズム文明の繁栄以来、グローバル化は人類の歴史の進化を推し進めてきた。逆に反グローバル化の時代には歴史の退化が見られる。そうした例には、ローマ崩壊後のヨーロッパや明代からの海禁政策で世界から取り残された中国がある。現代の日本に於いても、歴史の退化をもたらす排外主義の台頭は座視できない。過激ナショナリズムの何が悪いのかと言えば、それが他者に対する排除の意識に基づいているからである。すなわち「自分達が犠牲になって、あいつらが得をする」という、ゼロ・サム的世界観が彼らの思考の根底にある。そうした排除意識は外国人に対してだけでなく、自国民にも向いてしまう。先の参議院選挙に於いて、 参政党の神谷宗幣代表は「子どもを産めるのは若い女性しかいない。男性や、申し訳ないけど高齢の女性は子どもは産めない」との発言で物議を醸した。私はこれが女性の問題に留まらず、ただならぬものを示唆していると瞬時に読み取れた。すなわち生殖と生産に関わらぬ者は国家のお荷物であり、彼らはこの国の福祉を享受すべきではないと。神谷氏のこうした思考は、ナチスが身体障碍者や知的障碍者に社会不適格のレッテルを貼って強制収容所送りにした所業と軌を一にするものである。彼が唱える日本人ファーストとはドナルド・トランプ米大統領が唱えるアメリカ・ファースト同様に、自国民に対しても排除意識丸出しである。
 
 さて先の参議院選挙では自民党が本来の保守政党でなくなったから、右翼ポピュリスト政党に保守票が流れたと言われる。だが世界的に見れば、保守主義の定義は揺れ動いている。本欄で日本版国際主義のあり方を模索するうえで、まずこの点を踏まえて議論してゆきたい。大きな違いが見られるのは、レーガン・サッチャー時代の保守主義とトランプ時代の保守主義の間である。前者の保守主義は排外意識や被害者意識に基づいていないが、後者の保守主義は排外意識と被害者意識丸出しである。だからこそサッチャー政権下の要職を歴任したクリス・パッテン上院議員(後任のメージャー政権で最後の香港総督)は『プロジェクト・シンディケート』誌への寄稿で、「レーガンのアメリカ」との大西洋同盟関係を重視しながら「トランプのアメリカ」との関係には懐疑的だった。上記のような世界的な保守主義の定義の揺れに鑑みれば、先の参議院選挙での自民党敗戦は参政党など右派政党への保守票の流出が原因だという議論には疑問を呈したい。そして日本における自民党の保守本流とは吉田ドクトリンの忠実な継承であって、貿易立国を標榜する国際協調路線である。むしろ自民党の歴代総理総裁は保守本流を称しながら、実際の政策では一貫してかなりリベラルだったのではないか?
 
 そうした疑問に応えるべく、ハドソン研究所のウォルター・ラッセル・ミード氏が提唱するアメリカ外交の4類型を歴代の自民党総理総裁に当てはめてみた。すると皆押しなべて「ハミルトニアン」になる。その典型は吉田茂首相や池田勇人首相である。「昭和の妖怪」と呼ばれた岸信介首相は内心では皇国ナショナリストとも見られていたが、実際の政策は貿易立国であった。岸氏の孫に当たる安倍晋三首相も同様である。すなわち自民党の保守本流とは、元々リベラル色が強かったのだ。先の参議院選挙で流出したとされる保守票は自民党の中核支持層ではなく、異端派である。そのために落選したとされる自民党右派の中でも杉田水脈氏は過激ナショナリズムや差別発言で物議を醸しがちで、自民党本来の支持層が嫌う候補であった。杉田氏のようにむしろ参政党とも思想が近いとされる政治家は、自国の国益を強引に押し出して国際社会との摩擦も厭わない「ジャクソニアン」に当たる。実際にアンドリュー・ジャクソン大統領は奴隷制の支持や先住民虐殺で悪名高く、合衆国史上最悪のレイシストでもある。国際非介入主義でリベラルな「ジェファソニアン」について日本で該当するグループは、一国平和主義を唱える護憲左翼が該当する。
 
 アメリカの積極的な国際介入による人類普遍の理念の実現を標榜する、「ウィルソニアン」の日本版となるような政治家はいない。安倍晋三首相は「自由で開かれたインド太平洋」構想を唱え、岸田文雄首相は「今日のウクライナは明日の東アジア」だと訴えた。だがいずれも日本が国際公益を主導するほど強力なものではない。安倍氏の構想はリベラル国際秩序の強化を目指すように見えるが、それには祖父の岸首相ばりのナショナリストとリアリストの観点もブレンドされている。そして岸田氏が任期末に国賓として訪米した際に連邦議会にてアメリカ国際主義の継続を呼びかけたが、さすがに第二次世界大戦の英雄ウィンストン・チャーチル英首相ほどアメリカの国際主義世論の高揚に至らなかった。両者とも戦後の自民党総理総裁の例に漏れず「ハミルトニアン」の範疇に留まる。以上の議論より、末端ナショナリスト票の流出が自民党にとって痛手だったという見解は再検討を要すると思われる。(つづく)


 
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