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2026-09-13 23:39

(連載1)トランプ、プーチン両大統領はナショナリストながら、ナショナリズムを理解せず

河村 英太崚 外交評論家
 アメリカのドナルド・トランプ大統領とロシアのウラジーミル・プーチン大統領は悪名高いナショナリストで、普遍的なルールや規範に基づく国際秩序に対してにべもないほど批判的である。だが極めて皮肉なことに、両人ともナショナリズムを理解していない。彼らはナショナリズムの名の下に独善的で強欲な要求を他国に押し付ける一方で、圧力や攻撃を受けた国々の主権の追求や国家としての誇りを軽視している。その姿勢はトランプ氏のドンロー・ドクトリンとプーチン氏のルースキー・ミールというイデオロギーに表れている。
 
 ここでトランプ政権下での西半球政策と米欧対立について論じたい。再選するや否や、トランプ氏はグリーンランドとカナダを併合し、パナマ運河の所有権を奪還すると宣言した。この発言は国際社会を驚かせ、NATO同盟国からの激しい批判を招いた。また彼は戦争を早期に終結させるためにウクライナがロシアに領土を譲歩すべきだと主張し、領土保全の原則を完全に無視した。いずれの場合においても、トランプ氏は国家の領土や主権をまるで不動産取引のように扱っている。
 
I.トランプの独善的なナショナリズムと不動産取引的本能による海外のナショナリズムとの衝突
(1) グリーンランド:
 トランプ氏は、先住民がデンマークに対して自治権を勝ち取るために闘ってきた長い歴史的経緯を歯牙にもかけていない。予測不能な他所者の指導者によって突然に自分達の地位が変更されることを、現地住民が受け入れるとは思えない。ここで当地の歴史を振り返りたい。980年頃に「赤毛のエイリーク」が到達して以来、ノース人はグリーンランドに入植地を築いた。しかし、14世紀に小氷期が始まると、それらの入植地は次第に放棄されていった。17世紀から18世紀にかけてデンマーク・ノルウェー同君連合による遠征が行われた後、ヨーロッパ人が再びグリーンランドに入植した。ナポレオン戦争中にデンマークがノルウェーと分離した後、グリーンランドはデンマーク領となった。それ以来、先住民であるイヌイットはデンマークに対して自治権を求めて闘ってきた。最も注目すべき問題の一つは、1951年にアメリカと結ばれた防衛協定である。この協定で米空軍のチューレ空軍基地を拡張するために、地元のイヌイットは伝統的な狩猟地からの立ち退きを余儀なくされた。
 
  戦後のデンマークによるグリーンランド統治における画期的な出来事は、1953年の憲法改正である。これは、統合を通じた脱植民地化を目指すものだった。これにより、グリーンランドはデンマーク王国を構成する国の一つとなった。その後、1950年代から60年代にかけて、急速な近代化、経済発展、そして「デンマーク化」が推進された。1970年代に入ると、先住のグリーンランド人に対してさらなる同化圧力が加えられた。1972年のEEC(欧州経済共同体)加盟を問う国民投票では、住民の反対にもかかわらず、グリーンランドは加盟を余儀なくされた。住民は、漁業権への悪影響や、政治的な意思決定権がデンマーク政府やブリュッセルの欧州官僚に委ねられてしまうことを懸念していた。
 
 不満の高まりは、先住グリーンランド人によるデンマークの統治やEEC加盟への抗議行動へとつながった。グリーンランドとデンマークは、1975年以降、自治委員会(Home Rule Commission)を通じて、自治権やEC加盟のあり方について長期にわたる協議を重ねた。そして1982年の新たな国民投票を経て、ECからの脱退が承認された。さらにデンマークは1996年、国連レベルでの「先住民および種族民条約(1989年)」を批准し、彼らの文化的アイデンティティ、社会・生態学的権利、そして政治的自治を認めた。
 
 トランプ氏は、こうした歴史的背景に少しも配慮していない。「(石油を)掘って、掘って、掘りまくれ(drill baby drill)」という悪名高い言葉に表れているように、先住民の社会的および環境上の権利など、彼には何の関心もない。また、過去には米空軍基地建設のために居住地からの移転を強いられた経緯もある。そうした歴史的なわだかまりを考えれば、トランプ氏による領有権の主張は、彼らの間に反米感情を煽る結果になりかねない。彼の地政学的な視点において、小国や少数民族の存在は事実上、考慮の対象外であるように見受けられる。
 
(2)カナダ:
 トランプ氏は同様に、カナダが歴史的にイギリスやアメリカとは異なる独自の国家アイデンティティを追求してきたことに対して何の関心も示さなかった。関税戦争の解決と安全保障の強化のためにカナダをアメリカと合併させるべきだというトランプ氏の理不尽な圧力に対し、マーク・カーニー首相は「ホワイトハウスやバッキンガム宮殿と同様に、カナダは売り物ではない」と明確に答えた。不動産業界出身であるトランプ氏の思考において、国家主権や領土の保全は、さほど重要な懸念事項ではない。そこで、カナダが歴史的に追求してきた自治と外交的独立について触れておく。
 
 まず、カナダがイギリスから独立に至るまでの道のりについて述べたい。その始まりは南北戦争後のアメリカの台頭を背景に、イギリス議会が1867年に「英領北アメリカ法」を採択し、カナダという強固な連邦を創設したことであった。共通の帝国外交政策を推進する上で、白人入植地からなる自治領において「ボストン茶会事件」のような事態が再発するのを防ぐことは、イギリスにとって至上命題であった。しかし、第一次世界大戦での勝利への貢献を通じて、自治領諸国は次第に自らの主体性を自覚するようになった。その顕著な例の一つが、日英同盟の更新をめぐるカナダの懸念である。戦後の日本の台頭は世界の勢力均衡を大きく変えつつあり、アメリカやカナダに深刻な警戒心を抱かせた。その結果、イギリスは日本との同盟を破棄せざるを得なくなった。そして1931年のウェストミンスター憲章により、カナダは英連邦内の独立国となることが承認された。
 
 カナダが徐々にイギリスと対等な地位を獲得していく一方で、20世紀に向けてアメリカとの貿易関係は国内を二分する問題となっていた。保守党は親英かつ保護貿易主義的であったのに対し、自由党は親米かつ自由貿易主義的であった。しかし1930年のスムート・ホーリー関税法による関税引き上げが両国関係を悪化させ、カナダはイギリス帝国貿易ブロックへの参加を余儀なくされた。第二次世界大戦で連合国側として参戦した後はアメリカとの関係が改善したものの、カナダは南の巨大な隣国と常に複雑な関係を抱え続けてきた。戦後、イギリスの影響力が低下しアメリカの影響力が増大するにつれ、カナダは自国の独自アイデンティティをより強く意識するようになった。
 
 社会・文化面では、カナダは英語とフランス語の二言語併用制(バイリンガリズム)と多文化主義を採用している。国内政治において、カナダはアメリカ流の革命や共和主義を採用しなかった。その結果、個人主義や市場経済への志向は比較的弱まり、政府が積極的に関与する姿勢が強まった。こうした経緯が、厳格な銃規制を伴う福祉国家としてのカナダを形作った。これらはDEIや福祉、銃規制に反対する、MAGAの信条とは完全に相容れない。こうした歴史的背景があるにもかかわらず、トランプ氏はカナダの領土や主権を、まるで不動産や所有物であるかのように軽々しく語っている。
 
 外交面では、カナダは北欧諸国と同様にソフトパワーによる外交を重視し、国際的な存在感を示すために対外開発援助に力を入れている。これは、アメリカやイギリスがとるハードパワー外交とは対照的である。両国とはアングロサクソン文化を共有してはいるものの、カナダは核兵器を保有せず、軍事的な戦力投射能力も持ち合わせていない。そのため同国は、リベラルな価値観や人道主義のためだけでなく、貿易や国家安全保障上の利益を追求する戦略的ツールとしても開発援助を活用している。北欧諸国と同様、カナダの援助政策は多国間主義に基づいており、国連機関との緊密な連携を通じて実施されている。こうした戦略的なソフトパワー外交は、日本の積極的平和主義に相通じるものがある。マーク・カーニー首相が提唱したミドルパワー連合の構想は国際社会に強い印象を与えたが、その考えは突飛な思いつきではなく、何十年にもわたってカナダの外交・国内政策に深く根付いていた。カナダを併合するというトランプ氏の考えは綿密に練り上げられたものではなく、馬鹿げている。
 
(3)パナマ:
 グリーンランドやカナダに加え、パナマ運河をめぐる問題は極めて重要な戦略的課題である。トランプ氏は中国が運河を支配していると間違った主張をしているが、大西洋と太平洋に面する運河の出入り口にあるコンテナターミナルが香港を拠点とする複合企業CKハチソン・ホールディングスの傘下企業によって運営されていることは事実である。これは、中国の「一帯一路」構想の拡大に対する米国の地政学専門家の間で深刻な懸念を招いている。しかし、パナマの現職大統領ホセ・ラウル・ムリーノ氏は保守的かつ親米的な人物であり、対米関係を犠牲にして中国に傾斜する可能性は極めて低い。
 
 アマースト大学のハビエル・コラレス教授とシドニー大学のジェームズ・ロクストン上級講師は、共同執筆した論文の中で以下の理由から「トランプ氏の強引な手法は逆効果である」と批判している。パナマにとって、自国が主権を有する運河は国家アイデンティティの中核をなすものであり、米国による一方的な威圧は反米感情を急激に高め、必ずしも中国を好意的に見ているわけではないラテンアメリカ諸国を対中接近させる恐れがある。また、そうした感情がラテンアメリカ全域でゲリラによる暴力を助長する可能性がある。実際、1959年のキューバ革命以降、1960年代から70年代にかけてコロンビアやニカラグアなどでそのような事態が見られた。こうした事態を懸念したアメリカはニクソン政権時代にパナマとの運河交渉を開始し、カーター政権下で合意に至った経緯がある。さらに運河をめぐる対立は、1968年のトリホス政権のような左派勢力と軍事独裁政権による反米連合の出現を招く恐れもある。
 
 トランプ氏はパナマ運河に対する中国の影響力にはそこまで拘る一方で、ブラジルのジャイール・ボルソナーロ大統領(当時)に対しては、環境や地政学上の懸念があったにもかかわらず、アマゾンの熱帯雨林を貫く中国の一帯一路関連の高速道路や鉄道建設プロジェクトを中止するよう求めなかった。彼の掲げるドンロー・ドクトリンは極めて矛盾に満ちている。このことは、このアメリカ・ファーストを掲げるナショナリスト達が、他国のナショナリズムについて無知であるだけでなく、実際には環境保護はおろか、中国の動きを阻止することにさえ真剣な関心を持っていないことを示している。
 
(4)ウクライナ:
 ウクライナが対ロシア戦で苦戦していた際にも、ナショナリズムに対するトランプ氏の理解不足が露呈した。昨年、ウクライナがロシアを相手に苦しい戦いを強いられていた時、トランプ氏は確実な安全保障の保証もないまま、占領地の割譲と軍事力の縮小によって戦争を終わらせるようウクライナに要求した。この発言は大西洋の両岸で深刻な懸念を招き、ノーベル平和賞や何らかのレガシーを求める彼の気まぐれな野心は、厳しい批判の的となった。ウクライナの主権や領土保全に対するトランプ氏の洞察の欠如にもかかわらず、ヨーロッパの当局者たちは、ウクライナおよびヨーロッパ全域におけるロシアの脅威に対処するにはアメリカの関与が不可欠であることを充分に認識していた。
 
 トランプ政権下でウクライナ担当特別代表を務めたキース・ケロッグ元陸軍中将は、トランプ氏がビジネスと戦争を混同していると批判した。トランプ氏が和平プロセスを単なる「土地の交換」と捉え、個人的な関係を外交の要と見なしているのに対し、「KGB的思考を持つプーチン氏には、そのような不動産取引のような手法を受け入れる余地などない」と。アメリカ・ファースト政策研究所(America First Policy Institute)の創設者の一人で、右翼論客のケロッグ氏でさえトランプ氏のアプローチを不条理だと見なしていることを示すために、ここで彼の言葉を引用した。
 
 アトランティック・カウンシルのピーター・ディキンソン氏によれば、プーチン氏が真に求めているものはドンバスやクリミアのわずかな領土ではなく、ウクライナの主権と国家としての存立そのものの抹殺である。主権を持ち独立したウクライナの存在は旧ソ連圏の離反と西側リベラリズムの勝利を象徴するものであり、プーチン氏にとっては人生最大の屈辱と重なる。ウクライナにおける彼の政治的介入の歴史は古く、クリミア併合の10年も前の2004年にまで遡る。当時、彼は親露派の傀儡を据えようとしたが、オレンジ革命によってその試みは頓挫させられた。実のところ、特別軍事作戦はウォロディミル・ゼレンスキー大統領を即座に親ロシア派の傀儡とすげ替えることを意図したものだった。しかし、ロシアはキーウの制圧に失敗し、戦争はプーチン氏の予想に反して長期化している。ウクライナがこれほど不屈の姿勢で戦い続けているのは、こうした背景があるからである。
 
 ウクライナ側の粘り強い抵抗を目の当たりにし、トランプ氏はウクライナ和平へのアプローチを変えたのかも知れない。実際、領土割譲について言及することは以前より少なくなった。しかし、ウクライナが求める自由への渇望に対する理解を深めたとか、戦争に対する不動産取引的な思考を改めたとは到底考えられない。
 
(5)イラン:
 トランプ氏は長きにわたって侵略者に抵抗してきたイランのナショナリズムの歴史を考慮することなく、軽率にも体制転換について語った。彼は、シーア派や革命防衛隊(IRGC)の指導者を爆撃で数人排除するだけで事が済むと考えていたかもしれないが、イランには欠員を補充できる豊富なエリート人材が揃っている。ベネズエラでの成功など、そのまま当てはめることはできない。また、トランプ氏は敵と戦うイランの不屈の精神を過小評価していた。ここで思い起こすべきは、彼らがイラン・イラク戦争中に兵器を含む戦略物資のサプライ・チェーンの危機を乗り越えたことだ。その典型例がF-14トムキャット戦闘機である。これらは、かつてシャーが巨額のオイルマネーを投じて導入した最新鋭兵器だったが、アメリカの技術者が撤退して以来、運用に必要な機材や部品が深刻に不足する事態に直面した。それでもイラン側は、サダム・フセインの空軍から自国の領空を守るため、何とかしてそれら「ペルシアン・キャット」を再稼働させたのである。
 
 国内政治から外交に至るまで、トランプ氏が自称するアート・オブ・ザ・ディール(取引術)とは自らが優位に立っているように見せかけるポーカーのようなブラフであって、相手を説得するのではなく、暴言や侮辱、あるいは「共産主義者」や「ウォーク(woke:社会正義に過敏な進歩派)」といったレッテル貼り、さらには州兵の投入や武力行使の示唆といった強圧的な手段に訴えて目的を達成しようとするものだ。外交問題評議会のマックス・ブート氏は、こうした虐めのような手法は、対立勢力や外国からの手痛い報復を招き、結局は自分に跳ね返ってくると指摘しており、イランの件も例外ではない。現在、テヘランでは強硬派が勢いづいており、ホルムズ海峡はイラン側の「取引術」による人質と化している。
 
 ここでもまた、トランプ氏はグリーンランド、カナダ、パナマ、ウクライナの件と同様に、不動産取引的な発想に陥っている。彼はホルムズ海峡を併合する計画にさえ言及したが、イランによる波状的なドローン攻撃から同海峡を防衛し、ペルシャ湾の安全を確保するための具体的な案は示していない。こうした脅威への懸念が、サウジアラビア、トルコ、パキスタン間の防衛協定締結につながったのである。さらに、外交問題評議会のエリオット・エイブラムス氏は、対テロ戦争のために湾岸地域に集中している米軍部隊について、イランによるドローン攻撃の射程範囲外へ前線基地を移転させる検討が進められていると指摘している。トランプ氏は不動産ビジネスにおける土地の交換には長けているかもしれないが、国家の領土というものは、ナショナリズム、国家安全保障、そして領土保全と不可分なものである。今日の国際的なルールや規範の礎となっている大西洋憲章の存在さえ、彼が認識しているとは思えない。(つづく)
 
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